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ジェームズタウンへの入植

1606年、トマス・スミスを中心とするロンドン商人は北アメリカ大陸への植民を目指した。イングランド国王ジェームズ1世は植民事業のための会社設立に勅許状を与え、スミスらは共同出資会社であるロンドン会社を設立した。間もなくロンドン会社はバージニア会社と名を改め、出資者を募った。そして同年12月、最初の植民者105人を北アメリカ大陸に送った。

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渡航者104名(1名は死亡した)を乗せたスーザン・コンスタント号など3隻の船は、翌1607年4月26日、ヘンリー岬に到着した。植民者たちは入植に適した土地を求めてジェームズ川をさかのぼり、5月13日、河口から約48キロメートルさかのぼった地点に上陸した。彼らはそこを入植地と定め、国王ジェームズ1世にちなんでジェームズタウンと命名した。ジェームズタウンは北アメリカ大陸におけるイギリスの最初の永続的植民地となった。この場所はジェームズ川に突き出る半島となっており、先住民族の襲撃を防ぐには好都合な地形であった。しかしながらこの一帯は、潮水がせまる湿地であり、飲み水にも塩分が含まれ、またマラリアなどの疫病が発生しやすい地形であった。しかも入植者たちは、共同して生活の基盤を固める十分な用意ができていなかった。

入植からわずか半年あまりで、入植者は飢えとマラリアで半分以下に減少した。そのような混乱の中にあった入植者を救ったのは、ジョン・スミスであった。スミスは入植者に対して、全力で開拓にとりかかるよう説得を試み、入植地の実権を握った。スミスはパウハタン族などの先住民族と交渉して食料を取得した。また入植者には黄金をあさることをやめてトウモロコシなどの穀物を栽培させ、食料の確保に努めた。

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2009年04月30日 11:11に投稿されたエントリーのページです。

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